抗リン脂質抗体症候群の最新情報

Ⅰ.抗リン脂質抗体症候群の検査診断

抗リン脂質抗体症候群(anti-phospholipid syndrome: APS)は、種々のリン脂質およびリン脂質結合タンパクを標的抗原とする抗リン脂質抗体(群)の出現に伴い、動・静脈血栓症や妊娠合併症などを発症する自己免疫疾患である1-3)。2006年に改訂されたAPS診断(分類)基準案("Sapporo Criteria" Sydney改訂版)4)を表1に示す。APSの診断は臨床所見と検査所見の双方からなされ、検査所見としては抗リン脂質抗体の存在を証明することが必須である。抗リン脂質抗体の検出には大きく2つのカテゴリーに分けられており、カテゴリー1は、International Society on Thrombosis and Haemostasis(ISTH)のガイドライン改訂版5)に基づいた方法でループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant: LA)活性を検出する事である。これは抗リン脂質抗体がIn vitroにおいてリン脂質依存性の凝固時間を延長させる性質を利用して、その阻害活性(LA活性)を検出することによりサンプル血漿中に抗リン脂質抗体が存在していることを間接的に証明する定性検査である。カテゴリー2は、標準化された酵素固相化免疫測定法(enzyme-linked immunosorbent assays: ELISA)による抗リン脂質抗体の定量検査であり、APS国際分類基準に採用されている抗リン脂質抗体は、IgGおよびIgMクラスの抗カルジオリピン抗体(anti-cardiolipin antibodies: aCL)と抗β2-グリコプロテインⅠ抗体(anti-β2glycoproteinⅠ antibodies:aβ2GPI)である。LA活性の定性検査とは異なり、aCLあるいはaβ2GPIにそれぞれ対応する固相化抗原を用いて抗体の実質そのものを定量する検査である。近年の研究から、臨床的意義を持つ抗リン脂質抗体は、カルジオリピンそのものに結合する抗体ではなく、カルジオリピンに結合することにより構造変化を起こしたβ2GPⅠ分子上のエピトープを認識して結合する抗体(β2GPⅠ依存性aCL)であることが確認されている6)。

現在のAPS国際分類基準4)では、LA検査あるいはELISAのどちらか一方で抗リン脂質抗体の存在を確定すれば診断のクライテリアを満たしているが、LA検査とELISAの両方を実施して抗リン脂質抗体の存在を確定することが重要となる。その理由として次の2点が挙げられる.①ELISAで検出されるaCLあるいはaβ2GPIが必ずしもLA活性を示すわけではなく、LA陽性と陰性の抗体が存在し、LA陽性のaCLおよびaβ2GPIが臨床的に重要であることが確認されている。②LA活性が陽性の患者であっても必ずしもELISAでaCLあるいはaβ2GPIが検出されるわけではない。つまりLA活性を示す抗リン脂質抗体が他にも存在しており、現在の診断基準には採用されていないがプロトロンビンに対する抗リン脂質抗体がLA活性を示す重要な抗リン脂質抗体であることが確認されている。また、感染症や薬剤などで一過性にLA活性が陽性となることがあり、このようなケースはAPSの臨床症状(動・静脈血栓症や習慣性流死産など)と関連が低いことが確認されている。

さらに、12週間以上の間隔をあけて2回以上抗リン脂質抗体検査を実施しなければならないこともAPS検査診断のジレンマを生んでいる。これは、最終的なAPS確定診断のためであり、実際の臨床現場では、APSの臨床所見が確認され、LA活性が陽性でELISAで中等度以上の力価でaCLあるいはaβ2GPIが検出されればAPSと診断してほぼ間違いない。逆にLA活性とELISAが共に陽性の症例は、その時点で臨床症状が認められなくとも、抗リン脂質抗体陽性症例として動・静脈血栓症を発症する危険が高い症例であると臨床サイドにアピールするくらいの積極性が必要である。


Ⅱ.抗リン脂質抗体検査の手順

A.LA活性の検査

ISTHのLA診断改訂ガイドライン5)では、LA活性の判定にスクリーニング検査→クロスミキシングテスト→確認試験と3段階のステップを要求している。著者らが推奨する抗リン脂質抗体検査の手順を図1に示した。LA検査用の血漿サンプルは、二重遠心分離法(2000G・15分間遠心→血漿採取後2000G・10分間再度遠心分離)にて血小板の混入を極力避けるように採取する。血漿分離後ただちにLA検査を実施できない場合には、血漿を-70℃以下で凍結保存する必要があるが、血漿中に血小板が残存していると凍結融解操作の際に血小板由来のリン脂質が溶出してサンプル中のリン脂質濃度が過剰になり偽陰性を呈する危険性がある。LA検査の第一段階は、リン脂質依存性凝固時間の延長を確認するスクリーニング検査であり、測定法としては、第一選択が希釈ラッセル蛇毒試験(diluted Russell's viper venom test: dRVVT)、第二選択に活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT)が推奨されている。第一選択のdRVVT試薬として、本邦ではLAテスト「グラディポア」、ヒーモスアイエルdRVVT、コアグピアLA、LA1 Screen/LA2 Confirmationなどが市販されている。これらのLA判定用試薬では、スクリーニング検査と確認試験が一気に実施できるのが利点である。日本抗リン脂質抗体標準化カンファレンス(APS-WS)および日本血栓止血学会学術標準化委員会(JSTH-SSC)・抗リン脂質抗体部会により、dRVVTのcut-off値としてnormalized S/C ratio(normalized S: screen 試薬 患者秒数/screen 試薬 正常秒数,normalized C: confirm 試薬 患者秒数/confirm 試薬 正常秒数)が1.2以上でdRVVT系LA陽性と判定する。一方、第二選択がAPTTである。APTTも測定試薬によりLAに対する感受性が異なるため、LA検出に高感度で特異性の高い検査試薬を選択することが重要となる。日本検査血液学会標準化委員会ではLA検出に適した試薬として、PTT-LA、トロンボチェックAPTT-SLA、ヒーモスIL APTT-SP、コアグピアAPTT-Nなどを推奨している。実際の臨床検査では凝固系ルーチン検査に導入されているAPTTでスクリーニングされる場合が圧倒的に多く、APTTで延長が認められない場合はLA陰性と判定しがちであるが、LA陰性の判定には、APTT 正常のみならず、dRVVTのnormalized S/C ratioが1.2未満であることを確認しなければならない。APTTスクリーニング検査で凝固時間の延長が確認された場合、その延長が個々の凝固因子活性の低下ではなくインヒビターによるものであることを証明するために、被検血漿と正常血漿を一定の割合で混和し凝固時間の変化をパターンで判定するクロスミキシングテストを実施する。クロスミキシングテストのパターンは使用するAPTT試薬のLA感受性に大きく左右されるため、必ずスクリーニング検査で推奨されたAPTT試薬を用いる。ISTHのLAガイドライン改訂版では、被検血漿と正常血漿を50:50で等量混和した1ポイントでの判定を許可しているが、しばしばLA陽性の判定に困惑する。現時点では、被検血漿と正常血漿を5ポイント(被検血漿:正常血漿=[0:100]・[10:90]・[20:80]・[50:50]・[100:0])で測定し、[0:100] と[100:0]を結ぶ直線より上に凸のパターンか下に凸パターンか判定することを推奨する。凝固因子活性低下や欠乏症では下に凸のパターンを示す。一方、大部分のLAはリン脂質に対する即時型インヒビターであり上に凸のパターンを呈する。しかし、LAの10~20%の症例で遅延型のパターン(混合直後では上に凸のパターンを示さない)を呈するケースがあり判定に困惑する。著者らの考えは、クロスミキシングテストでは、1ポイントでも上に凸のポイントがあれば、すなわち完全なる下に凸のパターンでなければ、LAの存在を疑って次の確認試験に進むべきである。クロスミキシングテストでLAを含むインヒビターの存在が疑われたサンプルに関しては、被検血漿に過剰なリン脂質を添加する確認試験を実施し、延長していた凝固時間がある一定レベル短縮した場合、APTT系LA陽性と判定する。APTT系の確認試験として保険収載されているキットは Roche Diagnostics社のStaclot LAⓇである。

しかし、LA検査には様々な課題が残されている。患者および正常血漿サンプルの処理方法(血小板除去処理・自家製正常プール血漿の作成方法など)が標準化されておらず、良質な血漿が得られないとLA活性の判定が不正確になる可能性がある。また、ヘパリンやワルファリンなどの抗凝固療法を施行中の患者では測定結果が信頼できない。さらに、感染症や薬剤に起因する一過性のLAが少なからず存在する。従って、抗リン脂質抗体の正確な検査診断は、LA検査のみでは不十分で、ELISAと組み合わせて確定診断する必要がある。

B.ELISAによる抗リン脂質抗体の定量

APS国際分類基準4)では、ELISAで検出する抗リン脂質抗体としてIgGおよびIgMクラスのaCLとaβ2GPIを採用している。本邦で普及しているELISAキットは、MBL社の「MESACUPカルジオリピンテスト」とヤマサ社の「抗CL・β2GPⅠキット」である。MESACUPカルジオリピンテストは、国際単位1GPL(1μg/mlのaCL力価)を1U/mlと設定してあるのでAPS国際分類基準に照合しやすい。測定原理はカルジオリピン感作マイクロカップに反応用緩衝液で希釈した検体を添加することにより緩衝液中に含まれるウシ血清由来のβ2GPⅠをコファクターとしてaCLを定量する。しかし、測定原理上、β2GPⅠ依存性aCL(APSの臨床病態に特異性の高い抗体)以外にも固相化CLに直接結合するβ2GPⅠ非依存性aCL(膠原病や感染症患者に出現する抗体)も混在して検出され、両者の鑑別は難しい。一方、抗CL・β2GPⅠキットは、固相化カルジオリピンに精製ヒトβ2GPⅠを添加した系と添加しない系で同時にaCLを測定し、β2GPⅠ存在下でのaCLが非存在下でのaCLよりも明らかに抗体価が高く、かつ基準値以上の場合を陽性と判定するためβ2GPⅠ依存性aCLを鑑別でき、臨床的有用性が高いが国際的な抗体価の比較が難しい。また、固相化リン脂質を用いないELISAも考案され、現在のAPS国際分類基準に採用されている。γ線照射により酸化処理を施したELISAプレートにβ2GPⅠを結合させたものを抗原として抗リン脂質抗体を検出する。本測定法で検出されるaβ2GPⅠは、基本的にはβ2GPⅠ分子上のエピトープを認識して結合する抗体を特異的に測定しており、APSの臨床病態により関連性が強いことが示されている。さらに近年、細胞膜の主要な酸性リン脂質であるホスファチジルセリンとプロトロンビンとの複合体に対する抗リン脂質抗体:抗ホスファチジルセリン/プロトロンビン抗体(aPS/PT)の測定系が確立されている。これまでの臨床研究から、aPS/PTはLA活性を示す主要な抗リン脂質抗体であり、APSの臨床病態に特異性が高いことが示されている7,8)。現時点では、APS国際分類基準に採用されていないが、将来的に有望視される抗リン脂質体である。

現在、aCL,aCL/β2GPⅠ,aβ2GPⅠ,aPS/PTを測定するためのELISAキットが複数社より販売されている。しかし、各社キットで測定される抗体価は、同一の抗体を定量するキットであってもキャリブレーターや単位が統一されていないため、同じ患者でも測定するキットにより測定値が異なる。さらに、各種キットで明確な基準値が設定されておらず、測定値の評価が難しい。そこで、APS-WSでは、本邦で市販されている10キットについて、多施設共同による共有基準範囲(絶対的健常人400名の99パーセンタイル未満)を設定した(表2)9)。既存のキットにおける抗体価の単位やキット間の測定値を統一することは困難であるが、試薬メーカーの枠を超えて共有基準範囲を一括して定めることにより、どのキットを用いて抗体価を測定しても、同一抗体のキットであれは、ほぼ同じ判定結果(陰性/陽性)が得られることを確認した。APS-WSでは、ELISAによるスクリーニング検査として第一選択は抗カルジオリピン抗体IgGで、市販キットとしては、MESACUP カルジオリピン IgG キットを推奨している。これは、臨床検査における抗リン脂質抗体の見逃しを是正する目的で、β2GPⅠ依存性および非依存性aCLを幅広く検出するためである。IgM-aCLの測定に関しては、IgG-aCLが陰性の場合に追試として実施するべきと考える。一方、aβ2GPⅠおよびaPS/PTの測定意義はAPSの検査診断を向上させる目的であり、さらに患者の血栓症発症リスクを層別化する一歩としても重要と考える。

近年、aβ2GPⅠのサブセットの中でも、β2GPⅠのドメインⅠに対する抗体:aβ2GPI-domainⅠが血栓形成作用を有することが確認され、研究段階ではあるが測定系が開発されている。著者らを含む幾つかの臨床研究10-12)により、aβ2GPI-domainⅠが動・静脈血栓症の発症に強く関連していることが示されており、今後、APS患者の血栓症発症リスク層別化に重要な項目となる。


Ⅲ.血栓症リスク因子としての抗リン脂質抗体 

抗リン脂質抗体は病原性を有する自己抗体であり、実際に高力価の抗体が複数種混在する患者で、より血栓症発症のリスクが高くなることが知られている。特に、aCL,aβ2GPⅠ,LA活性が全て陽性、あるいはaCL/β2GPⅠ,aPS/PT,LA活性が全て陽性の症例は、血栓症の発症(再発)率が際立って高い。そこで、患者が有する抗リン脂質抗体の種類や抗体価から血栓症発症(再発)リスクを層別化する試みとして、抗リン脂質抗体スコア13,14)とGlobal Anti-Phospholipid Syndrome Score(GAPSS)15)が確立されている。これらのスコアは大規模な患者コホート研究のデータを基に確立されており、非常に意義深いが、実際の臨床検査で利用するには大きな課題が残されている。一つは、スコア算出のために多くの抗リン脂質抗体検査が必要な事である。aCL(IgG/IgM),aβ2GPⅠ(IgG/IgM),LA活性(APTT系、dRVVT系、KCT)に加え、現在のAPS国際分類基準に含まれていないaPS/PT(IgG/IgM)も両スコアで必須の検査となっている。本邦の保険診療と臨床検査の現状から考えて、これだけの検査を実施しスコアを算出するのは至難の業である。二つ目の課題は、抗リン脂質抗体検査が標準化されていないことである。特にELISAは測定に用いるキットにより抗体価が大きく異なっており正確なスコア算出が出来ない。このような問題を解決すべくAPS-WSを中心に自動分析装置を用いた抗リン脂質抗体測定の標準化が多施設共同で進められている。専用の自動分析装置を用いることによりaCL(IgG/IgM)およびaβ2GPⅠ(IgG/IgM)の4項目が同時に測定でき、全ての抗体で、同時再現性および日差再現性に優れており、抗体価の施設間差も殆ど認められない。さらに従来のELISAと良好な相関も示されており、抗リン脂質抗体スコアの標準化を進める上で非常に有用なツールであると思われる。

Ⅳ.結語

APS患者血中には多種多様な抗リン脂質抗体が混在しており、各抗体の持つ病原性が複雑に絡み合ってAPS特有の多彩な合併症(脳梗塞・深部静脈血栓症・肺塞栓症・習慣流死産など)が生じると推測される。従って、臨床的に有用性の高い抗リン脂質抗体を複数種・同時に測定できる検査システムを確立し、陽性抗体の種類や力価から抗リン脂質抗体スコアを求め、患者毎に発症リスクの高い合併症のパターンを予測できる新たな検査診断法の確立が望まれる。


参考文献

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血小板・凝固・線溶機構

1.止血栓の形成

a.止血栓形成の開始機構

健常状態では,血液は血管内を固まることなく円滑に循環(circulation)する.この状態は,血管壁・血液成分・血流の3大要素の密接な相互作用により保たれている.その中でも血管内皮細胞は強力な抗血栓作用を示すことにより,血管内恒常性の維持に中心的役割を担っている.この血管内皮細胞が機械的あるいは機能的に傷害を受け出血(hemorrhage)をきたすと,損傷部位に効果的な生理的血栓(hemostasis)が速やかに形成され出血を止める.これを生体の止血機構といい,1)血管の攣縮,2)血小板血栓の形成,3)血液凝固反応によるフィブリン血栓の形成の3つの機構が有効的に働く.生理的血栓を超えて血流を障害(遮断)するような病的な血栓形成が起こると血栓症(thrombosis)となる.病的血栓の形成機序は基本的には生理的血栓と同じであるが,生理的血栓が損傷部位のみに特異的に形成されるのに対して,病的血栓は血管内腔に向かって暴走し,血管を閉塞するまでに至る(図1).

b.一次止血〈血小板血栓〉

血管の内壁表面を覆っている血管内皮細胞が正常な状態では,血小板は血管壁に粘着・凝集しない.しかし,血管内皮細胞が傷害を受け,血液が血管内皮下組織に接触することにより,損傷部位に露出した膠原繊維(コラーゲン)に血小板が粘着する.粘着した血小板は細胞表面に突起を生じ,アデノシン二リン酸(ADP)やアラキドン酸代謝産物であるトロンボキサンA2(TXA2)などの血小板活性化因子を放出することにより周りの血小板の活性化を引き起こし血小板同士が凝集することにより血小板血栓を形成する(一次止血:図2).血小板血栓は血管の損傷部位に栓をする形で止血するが可逆的な血栓であり,完全な止血のためには二次止血機構が必要である.


c.二次止血〈フィブリン血栓〉

血管が損傷されると,血小板血栓による一次止血に並行して血液凝固系が活性化される.血液凝固因子は,血管外から侵入してきた組織因子(TF)との接触や,血管内皮下組織との接触などを引き金として活性化され,血小板血栓上(血小板膜表面リン脂質)を反応の場として急速に凝固機構が展開する.この反応で生じたトロンビンは,血小板凝集塊に働いて強固な血小板血栓を形成すると共に,フィブリノゲンを限定分解し繊維状のフィブリン網を形成する.そのフィブリン血栓が血小板血栓を覆うように絡みつき,血球も巻き込んで不可逆的な血栓を形成する.

2.血管の機能

a.血管収縮・拡張

血管が損傷されると,血管壁を輪状に走る平滑筋が局所の自律神経反射により収縮を起こす.このような反応を血管攣縮といい,この後に続く止血機構(一次止血・二次止血)が働き始めるまで出血を最小限に防いでいる.さらに血小板が損傷部位に集まってくると,活性化された血小板から放出されるセロトニンやTXA2などの血管収縮物質により血管の攣縮が維持される.

b.毛細血管透過性

毛細血管は一層の血管内皮細胞で形成されており,その間隙から細胞成分や液性成分が絶えず出入りしている.これを血管透過性といい,血管内皮細胞の収縮などによって制御されている.少量の血小板粘着・凝集が毛細血管透過性の制御を主に担っており,血小板数が極端に減少すると毛細血管抵抗が減弱する.血管の収縮を引き起こす物質としては,血小板から放出されるセロトニン,ADP,血小板由来増殖因子などが重要である.また,血管周囲にある結合組織は毛細血管が拡張しすぎないように支えており,血管内皮細胞と周囲の結合組織とが合わさって毛細血管の透過性あるいは抵抗性をコントロールしている.

c.抗血栓性の発現

血管内皮細胞は,血管壁内腔表面を覆う単層の細胞であるが,単に血流と血管内皮下組織のバリアーとしての役目ではなく,1)血小板血栓の制御(血小板粘着・凝集・放出の抑制),2)フィブリン血栓の制御(血液凝固反応の抑制),3)血栓伸展の制御(線溶系の促進)など幾つもの抗血栓作用を発現する多機能細胞である.

1)血小板粘着・凝集・放出の抑制

血管内皮細胞は,プロスタグランジンI2(PGI2)や一酸化窒素(NO)などを産生・放出することにより血小板の活性化を抑制している.特にPGI2は強力な血小板凝集抑制作用を有すると同時に血管拡張作用を発揮し,血小板血栓の形成を制御している.また,血管内皮細胞表面にはADP分解酵素が発現しており,強力な血小板凝集促進因子であるADPを分解することにより血小板凝集塊の形成を制御している.

2)血液凝固反応の抑制

血管内皮細胞表面では,組織因子経路インヒビター(TFPI)や活性化プロテインC(APC),アンチトロンビン(AT )など数種類の抗凝固機構が作動し,フィブリン血栓形成を多段階(開始段階,増幅段階,最終段階)で制御している.

3)線溶系の促進

血管内皮細胞は,組織型プラスミノゲン・アクチベーター(t-PA)を産生・放出することによりプラスミノゲンをプラスミンへと活性化する.産生されたプラスミンは余分なフィブリン血栓を分解し,血栓が病的に伸展しないように制御している.このように血管内皮細胞は,血小板血栓制御作用とフィブリン血栓制御作用を効果的に発揮し血管恒常性の維持に務めている.

3.血小板の機能

a.粘着・放出・凝集

血小板は,止血機構のあらゆる面に参与している多機能細胞である.その中でも,1)血管壁への粘着,2)血小板同士の凝集,3)顆粒成分の放出は,血小板の代表的な3大機能である.

1)粘着

血小板粘着反応とは,血管内皮下組織のコラーゲンやフォンヴィレブランド因子(VWF)などの粘着蛋白に対して血小板膜糖タンパク(GP)受容体が特異的に結合することをいう.血管内皮下組織の主要成分である繊維性コラーゲンが露出すると,血液中のVWFがコラーゲンに結合しVWFの立体構造に変化が生じる.コラーゲンに結合したVWFはGPⅠb-Ⅴ-Ⅸ複合体と結合(粘着)する.この粘着は比較的弱く,血流の強い(ずり応力の強い)場所では解離と結合が繰り返される.さらに血小板膜にはコラーゲン受容体であるGPⅠa/Ⅱa複合体およびGPⅥが存在し,これらの受容体がコラーゲンと結合することにより不可逆的な安定した粘着が完成する.

2)一次凝集

血小板がコラーゲン上に粘着することにより,コラーゲン受容体より細胞内活性化シグナルが伝達され,フィブリノゲン受容体である血小板膜表面GPⅡb/Ⅲa複合体が活性化される.フィブリノゲンはGPⅡb/Ⅲaとの結合部位を二箇所持つため,二つの血小板がフィブリノゲンを介して結合することとなる.このように複数の血小板がGPⅡb/Ⅲaとフィブリノゲンを介して結合する状態を血小板凝集という.細動脈や狭窄した動脈など血流の早い部位(高ずり応力下)では,VWFがGPⅠbのみならずGPⅡb/Ⅲaにも結合し,不可逆的な(ずり応力惹起性)血小板凝集を起こすことが知られているが,生体内における血小板凝集の主たる反応は,フィブリノゲンを介したGPⅡb/Ⅲaの結合である.

3)顆粒成分の放出と二次凝集

血小板は非活性化状態では円盤状であるが,活性化されるとアクチンフィラメントなどの骨格蛋白の再構築が起き,開放小管系から2種類の顆粒が細胞外へ放出される(図5).一つは濃染顆粒で ADP・セロトニン・ATP・Caイオンが内在しており,血小板の活性化を増幅させる.もう一つはα顆粒で,血小板由来増殖因子やβトロンボグロブリン(β-TG)などのケモカイン,VWFやトロンボスポンジンなどの粘着蛋白,さらにはフィブリノゲンや第V因子などの凝固因子,プラスミンアクチベータ・インヒビター1(PAI-1)・α2-プラスミンインヒビター(α2-PI)などの線溶阻害物質など多くの内容物が含まれており止血機構や血管の修復に関与する.活性化血小板から放出されるADPは血小板凝集反応を不可逆的な強固なものにすると同時に周りの血小板の活性化を引き起こすことにより血小板凝集反応を増幅させていく.これがADPによる血小板活性化のポジティブフィードバック機構である.また,血小板が活性化されると細胞膜のリン脂質からアラキドン酸が遊離され,シクロオキシゲナーゼ(COX)の作用でTXA2が産生される.このTXA2は強力な血小板凝集促進作用と血管収縮作用を示す物質であり血小板血栓の形成を促進させる.一方,健常な血管内皮細胞では,同様にアラキドン酸にCOXが作用してPGI2が産生される.PGI2は血小板凝集抑制作用や血管拡張作用を示し血小板血栓形成に抑制的に働く.このTXA2/PGI2バランスが保たれている限り血小板血栓は損傷部位局所にとどまり病的に伸展することはない.抗血小板薬として広く用いられているのがアスピリンである.少量アスピリンはCOXを不活化し血小板のTXA2産生を抑制することにより血小板血栓の形成を阻害する.アスピリンは同時に血管内皮細胞のPGI2の産生も阻害するが,核を有する血管内皮細胞では早期にCOXが新生されPGI2の産生は回復するため抗血栓作用が発揮される.血小板凝集抑制には,血管内皮細胞からのPGI2産生の他に,NOなどの内皮細胞由来弛緩因子の分泌やADP分解酵素の発現が効果的に働いている.

組織因子が混ざらないように採血した血液が,ガラス試験管などの異物(陰性荷電面)に接することにより凝固第ⅩⅡ因子が活性化され作動する凝固反応を内因系凝固機序と呼ぶ.病態生理的には,傷害細胞や活性化血小板から放出される陰性荷電物質が引き金となる.また,血管内留置カテーテルや人工心肺,人工血管さらには透析を受けている患者などでは,この内因系凝固機序が作動しやすいことが知られている.従来α2-PIと呼ばれていたもので,肝臓で合成される分子量約67,000の一本鎖糖タンパク質である.循環血液中のプラスミンと分子量1:1の複合体を形成し,即時的に酵素活性を失活させる.フィブリン上のプラスミンへの阻害活性は弱いが,一部のPIがフィブリンに結合し,線溶活性が過剰にならないように制御している.

b.凝固促進

血小板は多種多様な作用により血液凝固を促進する.活性化された血小板はマイクロパーティクルと呼ばれる微小粒子を放出するが,その膜状にホスファチジルセリンなどの陰性荷電リン脂質を表出する.その陰性荷電リン脂質に活性化された凝固因子がCa2+を介して集合し血液凝固反応が促進される.活性化血小板膜上で起きる一連の凝固反応(トロンビン産生機構)は,単に液層で進む反応と比較して,飛躍的に増幅され大量のトロンビンが生成されることとなる.血小板第4因子はヘパリン様物質と結合することによりトロンビンが不活化されるのを抑制している.活性化血小板から分泌されるβ-TGは血管内皮細胞からのPGI2の産生を抑制する.

c.血餅収縮

二次止血で凝固した血液(血餅)は,血小板に含まれる収縮性タンパク質アクトミオシン(トロンボステニン)の作用により,時間とともに収縮し強固となる.試験管内で凝固した血餅が,どの程度収縮し血清成分を搾り出すか測定するのが血餅収縮能検査である.血餅収縮能は血小板数が極端に低いと不良となる.

4.血栓形成に重要な因子

a.血管・血管内皮下組織

抗血栓性の強い血管内皮細胞に対し,血管内皮下組織は血栓形成に促進的に作用する(向血栓性).これは,血管が損傷を受け出血した際に速やかに血栓を形成し失血を防ぐためである.血管内皮下組織の向血栓分子として代表的なものは,血小板の粘着を促すコラーゲンと血液凝固反応を惹起する組織因子である.

b.トロンボモジュリン(TM)

TMは血管内皮細胞の表面に発現し,トロンビン受容体として働くため,凝固反応の過程で生成されたトロンビンと複合体を形成する.TMはトロンビン機能変換因子であり,結合したトロンビンの凝固促進活性(フィブリン生成,第Ⅴ因子や第Ⅷ因子の活性化,血小板の活性化)を阻害するとともに,トロンビンをプロテインCの活性化因子へと変え,活性化プロテインC(APC)系の抗凝固作用や抗炎症作用を引き起こす.

c.血小板因子

血小板第3因子は,フィブリン血栓形成過程において重要な役割を演じる.血小板が活性化されると,陰性荷電リン脂質(主にはホスファチジルセリン)が血小板膜に表出する.その血小板膜リン脂質(血小板第3因子)に活性化された凝固因子や補助因子がCa2+存在下で結合濃縮されることにより血液凝固反応は傷害部位に特異的かつ効率良く加速される.

d. フォンヴィレブランド因子(VWF)

VWFは血管内皮細胞や骨髄巨核球で産生される止血因子である.分子量約80万~2000万の多量体(マルチマー)として存在し,その止血機能は高分子であるほど強い.VWFは,血液中で凝固第Ⅷ因子のキャリアー蛋白としてⅧ/VWF複合体を形成し第Ⅷ因子を安定化させるとともに,血小板血栓上への血液凝固反応を誘導する.さらに,VWFは血管壁が傷害した際に内皮下組織のコラーゲンに血小板を粘着させ血小板血栓形成を促す作用を有する.したがってVWFの量的あるいは機能的障害があると血小板血栓とフィブリン血栓の双方に異常を来す.VWFは,血管内皮細胞から分泌される際は超高分子多量体であるが,正常な状態ではVWF切断酵素(ADAMTS 13)の働きによりただちに適切な分子量に分解され,機能調製されている.ADAMTS 13の活性が著減すると超高分子VWFが循環血中に出現し,これが血小板凝集を亢進させ病的血栓の形成を誘発する.

e.凝固因子

二次止血のためのフィブリン血栓形成には血液凝固因子が重要となる.凝固因子の多くは前駆酵素(非活性型)として存在し,活性化機序が作動すると蛋白分解酵素(セリンプロテアーゼ)として作用する.国際的に認められているのは第Ⅰ~ⅩⅢ因子(第Ⅵ因子は欠番)の12種類である.これに加えてプレカリクレイン(Fletcher因子)と高分子キニノゲン(Fitzgerald因子)も凝固因子に分類されている.名称の中でⅠ(フィブリノゲン),Ⅱ(プロトロンビン),Ⅲ(組織因子),Ⅳ(Ca2+)因子は通常慣用名で表記される場合が多い.血液凝固反応は,止血と創傷治癒や病原体などの全身への循環阻止を担う生体防御反応の一つである.活性化された凝固因子(セリンプロテアーゼ)が次の基質である凝固因子を限定分解し新たな活性型凝固因子を生じさせ,それぞれの諸因子が作用しあって複雑な反応経路をたどる.滝のように次から次へと活性化を繰り返すという意味で凝固カスケード反応と呼ばれる.

D.凝固・線溶系

1.凝固

a.凝固機序

血液凝固の引き金は2つに大別され,一つは血管内皮下組織に存在するTFが血液に混入することにより惹起される外因系凝固機序であり,もう一方は,血液が陰性荷電物質(異物)に接触することにより惹起される内因系凝固機序である.

1)外因系凝固機序(TF依存性凝固)

生理的血栓も病的血栓も多くは外因系凝固機序が主体をなす.血管内皮細胞が損傷されると血管内皮下組織に存在するTFが血中に混入し,これが活性型第Ⅶ因子(Ⅶa)と結合して外因系凝固が作動する.血中には微量のⅦaが存在しているが,Ⅶa単独では凝固活性を持たず,TFと複合体を形成して初めて凝固反応が作動する.TFは,血管外組織の細胞膜に大量に発現している一本鎖糖タンパク質で,健常な状態では血液に接することはない.しかし,TFは癌細胞に大量に含有されている他,感染症によるエンドトキシン刺激や炎症性サイトカイン刺激,酸化LDLなどの刺激により単球や血管内皮細胞表面に発現され,たびたび病的血栓の引き金となる.TF・Ⅶa複合体は,Ca2+の存在下に第Ⅸ因子と第Ⅹ因子を活性化し,凝固カスケードの中心的役割を担う2つの複合体を形成する.一つはセリンプロテアーゼ型凝固因子であるⅨaと補酵素型凝固因子の第Ⅷ因子が酸性リン脂質とCa2+を介して形成するテンナーゼ複合体である.もう一つがセリンプロテアーゼ型凝固因子であるⅩaと補酵素型凝固因子の第Ⅴ因子が酸性リン脂質とCa2+を介して形成するプロトロンビナーゼ複合体である.特に血管損傷部位や癌細胞など大量の組織因子が存在する場合は,組織因子・Ⅶa複合体は,第Ⅹ因子を強力に活性化し,直接プロトロンビナーゼ複合体を形成する.これらの複合体が形成されることにより,プロトロンビンがトロンビンへと活性化される.生成されたトロンビンはポジティブフィードバックをかけ2つの複合体の補酵素因子である第Ⅷ因子と第Ⅴ因子を活性化とする.これら両因子が活性化されることによりテンナーゼ複合体とプロトロンビナーゼ複合体の凝固活性は数万倍に高まり,最終的に大量のトロンビンが生成される.産生されたトロンビンはフィブリノゲンを限定分解して不溶性のフィブリンを生成する.フィブリノゲンはAα,Bβ,γの3本のポリペプチド鎖がS-S結合した2量体存在する.トロンビンが作用すると,Aα鎖からフィブリノペプタイドA(FRA)が,Bβ鎖からフィブリノペプタイドB(FRB)が遊離し,フィブリンモノマーが形成される.フィブリンモノマーは大部分がフィブリノゲン2分子と会合体を作り,可溶性フィブリンモノマー複合体(SFMC)として存在する.可溶性のフィブリンモノマーはCa2+存在下で重合し不溶性のフィブリンポリマーとなる.さらにトロンビンは第ⅩⅢ因子に作用しトランスグルタミナーゼ活性を持つⅩⅢaへと活性化する.血中のⅩⅢ因子は,サブユニットaとサブユニットbの複合体で存在する.トロンビンはサブユニットaを分解して第ⅩⅢ因子を活性化する.活性化されたⅩⅢaはフィブリン分子間をイソペプチド共有結合にて架橋し,物理的に安定したフィブリン血栓を形成する.凝固学的スクリーニング検査に用いられるプロトロンビン時間(PT )は試薬中に十分量の組織因子が含まれており,直接プロトロンビナーゼ複合体が形成される外因系凝固時間を反映する.

2)内因系凝固機序(TF非依存性凝固)

組織因子が混ざらないように採血した血液が,ガラス試験管などの異物(陰性荷電面)に接することにより凝固第ⅩⅡ因子が活性化され作動する凝固反応を内因系凝固機序と呼ぶ.病態生理的には,傷害細胞や活性化血小板から放出される陰性荷電物質が引き金となる.また,血管内留置カテーテルや人工心肺,人工血管さらには透析を受けている患者などでは,この内因系凝固機序が作動しやすいことが知られている.

活性化されたⅩⅡaは高分子キニノゲンと複合体を形成し,第ⅩⅠ因子を活性化させると同時にプレカリクレインをカリクレインへと活性化する.カリクレインは他の第ⅩⅡ因子をⅩⅡaへと活性化させ凝固反応を加速させる.ここまでの凝固反応は,陰性荷電面との接触により進むため接触相といい,第ⅩⅡ因子,第ⅩⅠ因子,高分子キニノゲン,プレカリクレインを接触因子と呼ぶ.そしてⅩⅠaがCa2+存在下で第Ⅸ因子を活性化することによりテンナーゼ複合体が形成される.それ以降は外因系と共通の経路をたどりフィブリンを生成する.凝固学的検査の中で活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)や全血凝固時間などは内因系凝固時間を反映する.

b.主な血液凝固因子・凝固制御因子の産生・構造・機能

血液凝固因子(Ⅲ,Ⅳ,ⅩⅢ以外)および凝固制御因子の多くは肝細胞で産生される.凝固因子は血中での寿命が短いものが多く,最も半減期が短いものは第Ⅶ因子で約3~6時間である.

1)ビタミンK依存性因子

プロトロンビン(第Ⅱ因子),第Ⅶ因子,第Ⅸ因子,第Ⅹ因子,プロテインC,プロテインS,プロテインZは,ビタミンK依存性因子と呼ばれ,肝細胞で合成される際にビタミンKの作用によりグルタミン酸(Glu)からγ-カルボキシグルタミン酸(Gla)残基が合成され,正常の機能を有する因子となる.

2)補酵素型因子(第Ⅴ因子,第Ⅷ因子)

第Ⅴ因子は肝臓および巨核球で合成される.第Ⅴ因子の約1/4は血小板α顆粒に含有されており,血小板の活性化に伴って血中に放出される.トロンビンにより活性化されたⅤaは酸性リン脂質とCa2+を介してⅩaとプロトロンビナーゼ複合体を形成し,プロトロンビンの活性化を促進する.一方,プロテインSと複合体を形成したⅤaはAPCにより分解される.第Ⅷ因子は肝細胞で産生され,循環血液中ではVWFと複合体を形成し,APCなどのプロテアーゼから保護されている.トロンビンにより活性化されたⅧaはVWFから遊離してⅨaとテンナーゼ複合体を形成し,第Ⅹ因子の活性化を促進する.一方,プロテインSと複合体を形成したⅧaはAPCにより分解される.

c.凝固の制御機構

損傷部位以外の健常な血管内では,多段階で凝固制御系が働きフィブリン血栓が形成されないように制御している.凝固制御系は,プロテアーゼインヒビター型凝固制御系(TFPI,AT,HCⅡ)と,補酵素因子分解型凝固制御系(活性化プロテインC系)に大別される.

1)プロテアーゼインヒビター型凝固制御系

①TFPIによる組織因子依存性凝固経路の制御

TFPIは,主に血管内皮細胞で産生される一本鎖糖タンパク質で,その約60%%は血管内皮上のヘパラン硫酸プロテオグリカンに結合して存在している.TFPIは分子内に3個のインヒビタードメインを持ち,第1ドメインでTF・Ⅶa複合体を阻害し,第2ドメインでⅩaを阻害することにより,組織因子依存性凝固経路の特に開始段階を制御している.

②ATによるプロテアーゼ型凝固因子の制御

ATは肝臓で合成される一本鎖糖タンパク質で,血管内皮細胞のヘパラン硫酸プロテオグリカンなどに結合し活性化されると,セリンプロテアーゼインヒビターとして主にトロンビン,Ⅹa,Ⅸaなどと分子量1:1の複合体を形成して凝固因子活性を阻害する.

③HCⅡによるトロンビンの阻害

HCⅡは肝臓で産生される一本鎖糖タンパク質で,ヘパリンやデルマタン硫酸の存在下で特異的にトロンビンを阻害する.

2)補酵素因子分解型凝固制御系

血液中を可溶性フィブリンなどに結合して循環しているトロンビンは,血管内皮細胞上のトロンビン受容体であるTMに結合する.同じく血管内皮細胞上のプロテインC受容体(EPCR)に血漿中のプロテインCが結合濃縮される.TMに結合したトロンビンは,効率よくプロテインCをAPCへと活性化する.APCは,細胞膜リン脂質に結合したプロテインSと複合体を形成し,テンナーゼ複合体中のⅧaやプロトロンビナーゼ複合体中のⅤaを限定分解して失活させる.

2.線溶

a.線溶機序と制御機構

止血のためのフィブリン血栓でも,それが長く残存すると,血流を障害し病的血栓の原因と成りかねない.そこで生体には,血管内に生じたフィブリン(線維素)を徐々に溶解して除去する線維素溶解機構(線溶)が存在する.通常は凝固系が作動しフィブリン血栓形成に伴い二次的に線溶が起こるので,これを二次線溶と呼ぶ.しかし,病的要因などでフィブリン血栓の形成なしに血液中のフィブリノゲンが分解される場合があり,これを一次線溶と呼ぶ.血栓溶解のための二次線溶は生体の重要な反応であるが,循環血液中のフィブリノゲンを分解する一次線溶は生体にとって悪影響を及ぼす.そのため生体内では線溶促進因子と制御因子の巧みなバランスのもと二次線溶は効率よく進み,逆に一次線溶は強力に制御されている.血液凝固反応が亢進し血栓が生じると,トロンビンや虚血刺激により,血管内皮細胞から組織型プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)が産生される.その際,血液中に放出されたt-PAは,そのほとんどがプラスミノゲンアクチベーターインヒビター(PAI)による阻害を受け,肝臓で半減期6分という短時間で除去される.そのため循環血液中におけるt-PAによるプラスミノゲン(PLG)のプラスミンへの活性化はほとんど起きない.わずかに生じたプラスミンもプラスミンインヒビター(PI)により強力な阻害を受け速やかに失活する.一方,フィブリン血栓形成部位では,PAIの阻害を逃れたt-PAと血液中のPLGが互いにフィブリン分子上に結合濃縮される.そして,基質であるフィブリン上でt-PAがPLGをプラスミンへと活性化させる.フィブリン血栓(固相)上で生成されたプラスミンは効率よくフィブリンを分解しフィブリン分解産物(FDP)を生成しながら血栓を溶かしていくが,この反応にも線溶が過剰にならないように抑制機構が働いている.PIはⅩⅢaの作用でフィブリン血栓形成時に一定の割合(血中濃度の約20%)で架橋結合する.フィブリン血栓に入り込んだPIは,プラスミン活性をマイルドに抑制し,目的とする止血機構が完了するまで血栓が溶解し過ぎて出血を来さないように働いている.フィブリン血栓を溶解したプラスミンは,やがて循環血液中(液相)に遊出し,フィブリノゲンを分解してフィブリノゲン分解産物(FgDP)を生成するが,この反応はPIにより強力に阻害される.プラスミンが血液中に出現するとPIが速やかに結合し失活させることにより,フィブリノゲンや血漿中タンパク質の分解を最小限に制御している

b.線溶因子の産生・構造・機能

1)プラスミノゲン(PLG)

肝臓で合成される分子量約92,000の一本鎖糖タンパク質.フィブリン親和性が高く,N末端側でフィブリンのリジン残基に結合する.プラスミノゲンアクチベーター(PA)によりプラスミンへと活性化される.トリプシン系タンパク分解酵素であるプラスミンが血栓の主成分であるフィブリンを分解する.さらにプラスミンはⅤa,Ⅷa,ⅩⅢaなどを分解し,凝固系を抑制する.生体内におけるプラスミノゲンのプラスミンへの活性化はt-PA以外に白血球エラスターゼなどでも起こることが知られている.

2)プラスミノゲンアクチベーター(t-PA,u-PA)

組織型PA(t-PA)は,主に血管内皮細胞で産生される分子量70,000の一本鎖糖タンパク質でセリンプロテアーゼ活性を持つ.フィブリンに親和性が高く,フィブリン分子上で効率よくPLGをプラスミンへと活性化する.臓器組織としては,子宮,卵巣,前立腺,心臓,肺などで大量に産生され,手術や外傷など臓器侵襲時に血中へ放出される.ウロキナーゼ型PA(uPA)は,尿中で最初に発見されたPAで腎臓をはじめ種々の臓器で産生される.フィブリンへの親和性は低いが,セリンプロテアーゼ活性を持ちPLGを活性化させプラスミンに変える作用を持ち,血栓溶解療法に用いられる.

3)プラスミノゲンアクチベーターインヒビター(PAI)

PAIにはPAI-1,PAI-2,PAI-3などの種類が知られているが,生理的に重要なのはPAI-1であり,血管内皮細胞,巨核球,肝細胞,脂肪細胞などで産生される分子量約52,000の一本鎖糖タンパク質である.循環血液中のt-PAやu-PAと複合体を形成し,それらの酵素活性を即時的に失活させる.フィブリン上のt-PAには阻害効果は弱い.

4)プラスミンインヒビター(PI)

従来α2-PIと呼ばれていたもので,肝臓で合成される分子量約67,000の一本鎖糖タンパク質である.循環血液中のプラスミンと分子量1:1の複合体を形成し,即時的に酵素活性を失活させる.フィブリン上のプラスミンへの阻害活性は弱いが,一部のPIがフィブリンに結合し,線溶活性が過剰にならないように制御している.



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